こんにちは、ナトリウムです。題名通り書くことがないので、過去に書いた小説を載せます。
僕はこういう、何かを暗喩するような小説(自分では勝手にメタファー小説と読んでいます)をよく書きます。というか、それしか書けないと言った方が正しいでしょうか。でも、実は僕自身はこういう小説があまり好きじゃありません。
こういうメタファー小説は、受け取りて次第でどうとでも解釈が変わります。すなわち、明確な作品の善し悪しの基準を持たないんですね。例えば、ファンタジー小説なら、『世界観がどれくらいしっかりしているか』『どれだけワクワクするか』や、ミステリー小説なら『どれだけトリックが巧妙か』など、まあそれ自身がアバウトであることには変わりないのですが、ひとつの評価基準がくっ付いています。しかし、メタファー小説って、あくまで受け取り手次第、といういい逃れができてしまうんですよね。で、正直僕はそこに甘えてしまう節があり…。
次の部誌こそはちゃんとした小説を書きたいです。高校生活最後の部誌でもありますし。以上、ナトリウムでした。
題名『轆轤(ろくろ)』
轆轤を回しているうちにうとうとして眠ってしまった。気が付くと、轆轤の上に粘土でできた赤ん坊がくるくると回っていた。呆気に取られていると、赤ん坊がわんわんと泣き始める。お腹がすいたのだろうか、それともおしめだろうか、私にそんなことが分かるはずもない。そもそも粘土に食事やオムツが必要なのか?粘土が少し乾いているように見えたので、とりあえず水を足してやった。すると、赤ん坊はもっと泣き出す。轆轤上でくるくると回りながらわんわん泣く。パニックになった私は抱き上げれば泣き止むと早合点し、赤ん坊の首と膝裏に腕を差し込み、持ち上げようとした。しかし、赤ん坊の首は存外に弱く、轆轤の勢いも合間って頭がぼとりと地面に落ちて、転がった。轆轤を止め、慌てて頭をくっつけようとしたが、赤ん坊はもう死んでいるらしかった。一瞬ヒヤリとしたがこう思い直す。たかだか粘土の赤ん坊である、そんなに世話を焼く義理もない。心を一転させた私は、赤ん坊の形をしていた粘土を練り直し、眠気に耐えながら再び轆轤を回した。
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