ピーマン
ピーマンを食べた。
口の中にぶわっと苦いのが広がった。
ピーマンは、まずかった。
まずいから、ピーマンはきらいだ。
5年1組の教室に、転校生がやって来た。
髪を二つ結びにしていて、青いスカートをはいた女子。おとなしそうな子で、なんだか、さわったら消えちゃいそうな感じがした。
桜井さん、というらしい。
桜井さんは私のとなりに座った。クラスのみんなは桜井さんの周りにわーっと集まった。
「これからよろしくね」 「……」
「どこから来たの?」 「……」
「キョーダイいる?」 「……」
桜井さんは、どんなことを聞かれても、何もしゃべらなかった。
いや、口はたしかに動いていたけど、声が小さいみたいで、何を言っているかさっぱりわからなかった。
みんなは、頭の上にはてなをうかべながら、質問をやめて「じゃあね」「仲よくしようね」と言ってばらばらになった。
私は、机をくっつけて桜井さんに教科書を見せることになった。
桜井さんは、もう習った内容だったのか、すごくつまらなさそうに先生の話を聞いていた。でも、国語の授業だけはちがった。
目がきらきらで、かがやいていた。音読のときも、登場人物になりきって、感情をこめて読んでいるみたいだった。
ちなみに、声はまったく聞こえなかった。
体育の時間、桜井さんはみんなとちがう体操着を着て、目立っていた。下を向いてちょっとはずかしそうにしていた。
だけど、体育の授業が始まるとようすが変わった。
桜井さんは、八段のとび箱を、ぴょーん、とみごとにとびこえてしまったのだ。
きれいに着地して、しっかりとポーズを決めると、体育館中に大きな拍手がひびきわたった。
私も、夢中になって、できるだけ大きな拍手をおくった。
桜井さんは「やってやったぞ」というような顔をした。
そのときの桜井さんの目も、やっぱり、きらきらで、かがやいていた。
ぜんぶの授業がおわって、くっつけていた机をはなそうとしていたとき、肩をたたかれた。
桜井さんだった。
桜井さんは、私の目を見た。 そして、口を動かした。
「ありがとう」
私は、どきどきした。
時間がしばらく止まって、心が、すぽんと引きぬかれたような、そんな気がした。
桜井さんの笑顔は、すてきだった。
桜みたいな、笑顔だと思った。
放課後。教室の掃除をおえて、図書室に向かった。
私には「図書委員イチオシの一冊」のポスターをはる仕事があったのだ。
そこで、ばったり、桜井さんに出くわした。
心の準備ができてなかった。あせった。どうしようかと思った。
でも、これは、桜井さんの声を聞くチャンスでもあった。
話題を探そうとして、手に持っていたポスターに、目がとまった。
……『世界の食べ物図鑑』と書かれていた。
私は桜井さんに、好きな食べ物をきいた。
桜井さんは、不思議そうな顔をした。
そして、また、目をきらきらにかがやかせた。
そして、口を開けて、はっきりと、こう言った。
「ピーマン」
夕ご飯にピーマンが出たから、 また、ピーマンを食べた。
口の中にぶわっと苦いのが広がった。
ピーマンは、やっぱり、まずかった。
まずいから、ピーマンはきらいだ。
でも、いつか、好きになりたい、かも。