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白花現象

帳越しの陽光は、彼女の頬を柔く照らす。
雲間に射したらしい、ほのかな光は布地に伸され、まどろみの内にわずかな拍動を与えた。
天道の手のひらにくすぐられたように、彼女は瞳を歪めてはにかむ。硝子戸と覆いを通してなお、それはあまりに眩しいもののようだった。

本来白は陽射しに映えるものであると、相場が決まっている。草根を踏み倒すドレス、海岸線を走る自動車、それらは全て日の元に、綺麗な純白のイメージを抱く。しかしながら、同じく白を纏う彼女は日輪の手を取ることも叶わない。
それはきっと、その白さは撥ね付けるに足らないほどの、ひどく脆弱な、繊細なものであるから。昼光の味方につく彼らは全て、白を得たもの。彼女のような存在は、他を失ったゆえに白が残ったもの。その違いが、彼女の目を眩ませたのだ。

​それでいいんだ。彼女は眩さに滲んだ泪を手の甲で拭い呟く。腰を浮かせて姿勢を変えれば、彼女の輪郭を陽が撫でた。丁度頬の端に光が当たり、薄く血潮の影が映る。紅梅色の体液の姿。
「どうしても生きものだから、そうでしょう」
陽光に生彩を感ぜてしまうのは。
幾らそれに神経を刺されても構わず、紅血はその明さにいっそう色めき立つ。それは彼女の生の証明でもあった。
うわずった血は惑い、眼の色艶に還元する。
他がすべてを受容する代わりに、それが彼女の固辞を示していた。元来ひとつの体に散りばめられるものが集うためか、唯一の色はひどく甚だしい。それが、彼女を思慕する所以でもあった。

昼を受け付けない体でなお、その存在を好いている。彼女のその思想が、どこか魅力的だった。
「月下美人みたいだ、まるで」
「どこがかしら。そんな大層なお名前の」
「その、狡いところが」
狡いなんて、彼女は瞳を細めて微笑った。
陽は傾き、色づいた影は尾を伸ばしていた。

けれど、そう。細まった彩は揺らぐ。
光を浴びて草木は成り立つ。それにも関わらず、かの植物は恩を陽に返さないのだ。夜に少しばかり気味の悪い萼を伸ばして、目立つ花弁を開く。
それでも、明け方に陽がそれを拝もうとすれば既に萎めてしまっている。
「まるでおなじだ、ね」
きっと月下美人も目が冴えなかったんだ。
それだから、天道の刻も読めずに誤ってしまった。望んだ親不孝では無いはずでしょう、彼女はわずかに俯いていた。垂れた細髪は西陽を透いて、ほのかに光を帯びる。頭部越しに、まばらな髪の束の隙間から桜色のうなじが覗いていた。
彼女はどうしても女性であって、たとえ定めを果たせなくとも、懇ろな関係の間にその趣意はなくとも、それでも彼女は、彼女なのだった。
その事実がわけもなく心悲しく、そしてひどく仕合せなのだ。

「そう、生まれた姿で咲くしかない」
彼女は半身を寝椅子に預けていた。
あの花も月下美人として生まれた以上、不本意な不孝を許せとして生きていく。それが生きものには一等辛い。だからといって、将来全く別の、自分でないものに成れると唆されたとて、全くそれは望まないのだろう。きっと、彼女もまた。
そうやって、自分の枠組みから逃れられないと嘆いている時間が、おそらく生きものゆえの輝かしい時間であるのかも知れない。
結局、自分から逃れたいのではないのだ。
月下美人も、人間も。如何にして咲くやらんと、一生倦ねて生きていく。全く違う存在へ逃げてしまいたい訳ではない、自愛ゆえの、その愛の対価としての昇華を自らに望む。
その気立てが良いほどに、苦しんで息をするのだ。そう、彼女のように。
そして、それが何よりも生きものの生彩であって、まことに純な命なのだ。

​國學院久我山高校文芸部

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