毒の芳香
匂いはその人を象徴するものとして記憶に残りやすいとどこかで聞いた。美味しいレストランの店や香が焚かれている部屋を後になっても思い出せるのはそのためなのだろうか。香水も大切な人と会うときに使う場合が多い。
姫華は幼い頃から匂いに敏感だった。とは言ってもそれは物体が蒸気として人の嗅覚を刺激する"普遍的な匂い"ではなく、各々が持ち合わせている性格や行動が生み出す"雰囲気の色"の意味に近い。曖昧で不安定だが、姫華にはそれらを確実に、かつ正確に捉えることが出来た。そして、匂いを色として記憶に留める。覚えた色は姫華の観賞物となったり、時たまある会話を繋ぐための戦力となる。一目その人物を見れば、細かい情報を完璧に当てはめることができる力が日常を支えていたのだ。
なぜこのような能力を持つのか。それは明確で、姫華が自身の色を白と見ているからだ。白は何色にも染まる。染まらない数少ない色として、同色の白や無色があるが、この多様な世界においてはそれらを見つけ出すことのほうが難儀だった。
学生時代の多くの激しい匂いに惑わされながらも、姫華は己の純白さ、崇高さを矜持として守り抜いた。そして今では社会人として職を得て働き始めている。職場はハーブの精油を専門として扱う、規模の小さな店だった。ハーブの効用や基本的な色を覚えてしまえば、姫華の能力を駆使して客を満足させるのは容易いのだ。働く上で姫華は自身に香りを持たないことを大切にした。そのほうが自分の個性を先入観から捨てることができる。
こじんまりとした店であったため来店する客はたいてい同じ人間だったが、最近はメディアが健康促進のためにハーブを用いることを勧めていることもあり、売上が多くなり珍しく残業が長い。訪れる年齢も性別もバラバラの多くの人間と接しているうち、姫華は纏っている白の皮膚が外界からやってくる多くの色で染まり続け、混濁していくのを感じていていた。
ある日、深夜まで業務をこなし、疲れが身体と一体化した平常心で帰路につく中、突然友人にも会いたくなった。その友人とは今の職場で働き始めた頃に店に客としてやってきた同じ年齢の人間で、会った初めから性が合うことに気付き、それから少しずつ連絡を取るようになった。最近では休憩時間に携帯を持つたびに会話をしているほどだ。不思議なことだが、姫華がいつ話し始めても、大抵すぐに返信をくれる。まあ、生活リズムが似ているのだろうとあまり深く考えずに、気持ちを委ねる存在としてそばにいてもらっていた。だが、この夜は無性にこの友人に直接会いたくなった。連絡ツールで家に行ってもいいかと尋ねると、すぐに大丈夫だよと返ってきた。
終電がなくなった人通りの少ない道を一人で歩く。友人の家は静まり返った住宅街の中でほのかな暖かい光を放っていた。惹き寄せられるように歩を速める。家の前にある花畑を抜け、ドアのチャイムを押す。友人は何も言わずに姫華を迎え入れてすぐにドアを閉め、鍵をかけた。姫華は家の中、友人に始めてあったときにも感じた、友人だけが世界で唯一持つ、何にも、誰にも侵されない香りを思い切り吸い込んだ。
9月23日 7:58 大竹台弥
-----9月17日の早朝、〇〇都✘✘区で一人の女性の遺体が発見された。毒素を大量に吸い込んだことが死因と見られ、警察は自殺として捜査を進めているという。……なんか最近自殺に毒使われるの多い気がする。しかも毎回花畑の中で死んでるし。もしかしたら殺人説もあんじゃないかね。こんなに同じ死に方してたら流石に怪しむよ。しかも意味ありげにするとかアニメかよw。犯人夢見すぎだろw。ってことでオレは今日から犯人探しをすることにした。手始めに、何個かの件を比較してみる。そうすると、全員花畑で死んでるけど、そのとき咲いてた花はすべて違うらしい。例えば一週間前に起きた事件ではヒソップが咲いていた。↓画像 ヒソップはヤナギハッカ属で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・